今日は昼から降りだした雨のせいでグランドが使えず、部活は中止になった。
安っぽいビニ傘をバン、と開くと、俺は一人家へと向かって足を進める。
透明なビニール越しに見上げる空はどんより曇って、目の前には灰色の景色が広がっていた。



歩いていく途中、俺はふと見やった通り道の公園によく見知った人影があるのを捉えた。
その人物はこんなどしゃ降りの中で傘も差さずにブランコに座って俯いている。ああ、何やってんだあいつ。制服も鞄もびしょびしょじゃねーか!

!」

大声で名前を呼ぶと、はびくりと肩を震わせてこっちを向いた。髪も顔も体もびしょ濡れで、泣いてるのかどうかも判断できない。
俺はばしゃばしゃと走ってに近づいていく。ズボンに跳ねる泥は気にしない。それよりも、大事なのは、

「……じゅ、んた、」

は蚊の鳴くような声で俺の名を呼び、顔を歪めた。

「何、してんだよ。風邪ひくだろ……!」
「あのね、準太、私ね、」

来月、引っ越すの。はそう言って再び俯いてしまった。

「……また?」

の家は俗に言う転勤族らしい。が俺の隣の家へ越してきたのが小学校6年の時。5年間か。
小さい頃から親の仕事の都合で北へ南へ各地を転々としてきたにとって今回の地域は比較的長い方だったのかもしれない。

「せっかく、友達いっぱいできたのになぁ」

はぽつりと呟く。
そうか、引っ越すのか。俺はやけに落ち着いている自分の胸に手を当てる。こいつの家が転勤族だと知った時からなんとなくいつかはこうなるのではないかと思ってはいた。
だからかもしれない。こいつだけは、絶対好きになっちゃいけない存在だとも感じていた。
付き合えたってどうせいつか離れ離れになるのだ。それなら最初からそんな関係にならなければいい。俺も、も、お互いに一線は踏み越えない。それは俺たちの暗黙の了解だった。


「準太と、仲良くなれて嬉しかったよ」

は俺を見上げてそう言った。まるで今生の別れみたいだ。やめろよ、そんな苦しそうに笑うな。
本当は頭では理解しているんだ。遠く離れたってメールも電話もあるんだから。でも、そばにはいてやれない。だから、たとえこれが俺のエゴだとしても、


「………準太が、好きだよ」


線を飛び越えたのはだった。目はまっすぐに俺を見ている。

「好きだよ、大好き、……準太、すき」

きらわないで、わすれないで、の声はどんどん小さくなり最後には嗚咽が混じっていた。
いつの間にか雨はやんで、灰色の雲の合間から青い空が見え隠れしている。傘はとうに地面の上に投げ捨てて、俺もに負けずずぶ濡れになっていた。
嫌いになんかなれるわけねぇだろ、今、こんな、抱きしめたくて仕方ないのに。嫌いになんか、忘れたりなんか、できるかよ。
ああ、、ごめん。やっと気付いた俺は、本当に馬鹿だよな。


「、おいで、

両腕を広げての前に立ってみせる。
ずっとどこかで思っていた。好きなんだから、信用しているんだから、そんな俺たちなら距離なんて軽々しく乗り越えられるだろ?
今度は、俺が線を越える番だよな、
は俺の顔を驚いた目で見上げると、すぐくしゃくしゃに顔を歪ませてブランコをこぎ始めた。
空には虹が見えていた。重かった雲も今は跡形も無く、雲一つない空が広がっている。
カシャン、と鎖が絡まる音がして、の体が宙に浮く。

さあ、君の手が僕に届くまで、


あと、10センチ