、教科書見せて」



5時間目の古典の時間、隣の席の阿部くんがそう言って机をくっつけてきた。
私が思わぬ人物の思わぬ頼みごとに呆然としていると、阿部くんは「早く、」と私の机から教科書をすっと取って机の境目に置いた。



阿部くんは、こわい。
入学して早半年、一回も会話という会話を交わしたことがない。つい2週間前に席替えで隣の席になってからも、挨拶すらしてくれない阿部くんに私は軽い恐怖心を抱いていた。
せっかくこんなにかっこいいのに、とちらりと横を見る。この2週間で気づいたことといえば阿部くんのまつげが意外に長いことと、頭がとてもよろしいらしいということだけだった。どの教科の先生が当てても阿部くんはすらすら答えてしまう。私とは正反対だ。



そんなことを考えながらぼーっと阿部くんを見つめていたら、彼と目が合ってしまった。
驚いて声をあげそうになり慌てて口を両手でふさぐ私を見て、阿部くんは不審そうに手元のノートにすらすらと文字列を書いてこちらに向けた。



(どうした?)



とっさに私も自分のノートの隅っこに言い訳を書いて、阿部くんに見せる。



(忘れ物なんてめずらしいなぁと思って)


(朝急いでて机の上に置いてきた)


(予習してるの!?えらいね!)


(してないの?)



ノートの上の文字に私はう、と声をつまらせる。阿部くんはそんな私を見てさらにその下に文を続けた。



(いっつも気持ちよさそうに寝てるしな)



あまりの恥ずかしさに顔を背けると、隣で阿部くんが笑いをこらえてるのがわかった。あ、阿部くんも笑うんだ。
視線をノートに戻すと、新しい文字が書き加えられていた。


(今日4時に図書館)



私がえ?と阿部くんを見上げると、彼は小声でぽつりと一言囁いてやさしく笑った。それはもう、思わず顔が真っ赤になってしまうくらいやわらかい笑顔で。




教科書間交流

(教科書のお礼、)