「阿部くんが好きです」

お昼休みたまたま購買にパンを買いに行ったら聞こえてきた声。
いやちょっとここ普通に廊下なんですけど。
しかも相手が阿部かぁ、みんなあんなぶっきらぼうなやつのどこがいいんだろ。
教室に阿部が戻ってきたら水谷と一緒にからかってやろうとひらめいて、少しずつ声の方に近づいていく。

「悪いけど俺今部活のことしか頭にねーし、」

見つけた。
どうやら事は廊下のつきあたりにある空き教室で行われているらしいよ、水谷!(帰ったら積年の恨み晴らしてやろーぜ!)
こそこそとドアに近づいて、隙間から中を窺う。

「(、3組の中村さん!)」

何とびっくり、相手は学年に留まらず先輩受けも良いと噂が流れてる中村さんだった。
クラスが離れているから中々じっくり顔を見ることは無かったけど、こうして見るとやっぱり可愛い。
すらりとした足に少し明るめな綺麗にブローされた髪、ぱっちりした目と白い肌に印象深いピンクの唇。
女のあたしが見ても褒め言葉しか出てこないのに、何さりげなくふってんの阿部!

「阿部くんが野球大事なのは知ってるよ、その、邪魔しないから、」
「ムリ」

あーあ!酷いよ阿部!中村さん泣きそうだし!
教室帰ったら一発殴ってやろーかな!(あんな可愛い子泣かすなんて!)

「それにオレ好きなヤツいるから」

、え?好きな人?嘘だあの阿部に好きな人、とか、
中村さんがついに阿部に背を向けてこっちに歩いてきたのであたしは慌てて隣の階段の陰に隠れる。
中村さんは、「しつこくごめんね、ありがとう」と言ってドアを開けて走って行ってしまった。
よし、早く教室戻って水谷に報告してあげよう。
そう思って階段から姿を現すと目の前に阿部がどーんと立っていた。それも凄い形相で。

「うあああ阿部!?(やばいやばいやばい!)」
「覗きとはずいぶんいい趣味だな」

逃げようとしたら阿部に腕をつかまれてそのままずるずるとさっきの教室の中へひっぱり込まれてしまった。

「うわぁごめんね阿部!でもこんなとこであんな話してる阿部もいけないんだよ!」
「そりゃどーも」

いやいや話かみ合ってないからね!てゆうか離して!
騒いでも阿部は一向にあたしの腕を離す気は無いらしい。
こうなったら聞きたいことを全部聞いてしまえ!(そして覗きから話をそらすのだ!)

「……なんで中村さんふったの?」
「中村?…あぁさっきの、」
「凄いもてるんだよ。もったいないよ!」
「別にいいだろ」

阿部はさして興味も無いように答える。
それにしたってもうちょっと傷つけないように丁寧に断ればいいのに!
悶々と考えてたらふとさっき阿部が言ってた”好きな人”のことを思い出した。

「そうだ阿部の好きな人って誰!?」
「んだよ唐突に。カンケーねーだろ」
「教えてよ!あんなの聞かされたら気になって眠れないし!」
「いやお前が勝手に聞いたんだろ」
「お願い!ヒントだけでも!」

あの中村さんをもふった阿部が好きな人って誰なんだろう。
好奇心と、あと普段いじめられてる分仕返しの材料にしようと問い詰める。(相手の弱点は多いほど有利!)

「ね、教えて!」
「…てゆうか本人目の前にいるし」
「……え?」

阿部は掴んでいた腕を離すと「絶対落としてやるからなー」と言って教室を出て行った。
一人残されたあたしにはもうわけがわからなくて、でも何か顔の温度はどんどん上がっていって。
阿部、やっぱひどい!


素直になれない君と僕と、
(男ならはっきり言え、ばか!)