「先生問3の問題が解けません」
「……お前ちょっとは自分で考えてから聞けよ」

私のすぐ目の前にいる銀八先生は呆れたような顔でこっちを見てくる。

私は今日、ここしばらくの遅刻記録が積もり積もってついに反省文の代わりに大量の課題を渡された。(Z組は反省文に反省の色が見られないことから廃止になったらしい)(みんなのバカ!)
しかも教科は私の天敵、数学。
当然土方くんたちのようにすらすら解けるはずも無く、下校時刻が過ぎて早一時間、右手は未だ問3で止まっている。

「あー、もう!二次関数とかとうの昔に忘れた!ワカンネ!」
「ちょっ、お前もう一回一年からやり直したら?」

先生は私が逃げないように監視役を任されているらしい。(どんだけ信用されてないの自分!)
窓際のちょっと後ろの席に座っている私の向かいの席の椅子にまたがって、さっきからぷかぷかと煙草をふかしている。

「せんせー、本当無理。帰らしてよー」
「だーめ。お前がこれ終わらしてくれないと俺も帰れないんだっつの」

わかったらさっさと解け、そう言う先生は窓の外に視線を移して、煙を吐き出す。

「、ごめんね先生、帰れなくて」
「は?そう思うなら早く解けっつの」
「古典だったら楽勝だったのになー」

私授業超真面目に受けてるもんね!と言ってすぐに、しまった、と思った。


先生に振られたのはつい数ヶ月前のことだった。
生徒と先生という関係上、そういうことを想ってしまうのは非常にまずいことだとは理解していたのに。
好きで好きでたまらなくて、気が付いたら自然に口に出していた。先生、好きだよ、と。
言ってから後悔の波は押し寄せてくる。咄嗟に、なんてね、と付け加えようとしたら、急に先生に抱きしめられて唇を重ねられた。
でも先生は、すぐに私を解放してごめん、やっぱダメだ、と言って出て行った。

次の日も、その次の日も、先生はいつもと変わらないように私に接してくる。
先生がいつもと同じように笑いながら話しかけてくるのを見て、感じた。あぁ、あんなのは先生にとって何でもない行動でしかなかったのだ、と。



が見てんのは俺だろーが」

どくん、と心臓が跳ねた。だめ、笑って流さなきゃ。あんなの無かったことにしたい。


「…そうだよ、」


気付けば笑うどころか私はぼろぼろと涙をこぼして泣いていた。
先生はそんな私を見て少し驚いた顔をしている。そりゃそうだろう。あの人はきっとあの時も私がどれだけ本気だったかなんて分かっていないんだ。だからあんな風に簡単に受け流せるんだよね、ただの生徒と先生だもん。それ以上なんて望めない。望んじゃいけない。

「先生、すき、」
「……あぁ、」
「すき、すき、」
「、、」
「、子供だなん、て、思わない、でよ、こんな、愛、してるのに、」
「知ってる、から、」

泣くな。先生はぽんぽんと私の頭をなでて、寂しそうに微笑んだ。煙草の火はもう消えている。吸殻はジュースの空き缶の中へ。


「…知ってるんだよ、お前が俺のこと好きでいてくれてるのは。気付くだろ、普通。
全員寝てる授業中でもずっと笑顔で受けてるしテストじゃ他の教科ほとんど赤点なのに古典だけ満点とるし、本当のバカじゃねーの?
あのなぁ、生徒と先生って関係以上にお前は俺なんかより全然若くて、まだこれから素敵な恋とやらをするチャンスなんざそこら中に転がってるはずだろ。

何で俺なの?人並みに幸せになるつもりなら俺なんか選ぶな。
なぁ、何で他のやつじゃダメなの?」


先生、先生。違うよ、先生。幸せになりたいから先生を好きなんじゃないの。先生が好きだから幸せになれるの。
涙が止まらない。声はかすれて言葉にならない。ああ、ねぇ先生、切ないよ。

「っ、先生、がいい、他なん、て、ない、から、」
「……、そ」

先生はガタリと席を立つと時計を見上げて課題はごまかしといてやるから明るいうちに帰れ、と教室の出入り口まで歩いていった。
視界が滲んで前がよく見えない。先生は今笑ってる?怒ってる?こんな私を見て、哀れんでる?


「なぁ、、卒業式になってもまだ俺が好きだったら、その時は、」

神様、もう一度だけチャンスを頂戴
(もう一回告白してこいよ)