高瀬くんとコンビニで出会ってから早一週間が過ぎていた。
それまで何の接点もなかったのに、人間関係というものは難しい。


何で私は高瀬くんの一挙一動にこれほどまでに振り回されているのだろう。自分の頭に悶々とした疑問がわく。
彼が私に彼氏がいるかなんてことを気にしたり、彼氏はいないという発言を参考になったなんて言ったり、たったそれだけのことなのに。
今日は日曜日だ。バイトもないし授業もない。高瀬くんにも顔を合わせずに済む。私は深く溜息をついてごろりとベットに寝そべった。



、入るわよ」

どんどん、と部屋のドアをいきなり叩かれて再び眠りかけていた頭が目を覚ます。がばりと体を起こすのと同時に母が入ってきた。

「何アンタ、休みだからってごろごろしてるんじゃないわよ」
「何の用ですかお母様」
「和己ちゃんのお母さんがさっき家に来てね、和己ちゃんお弁当忘れてったからアンタに届けて欲しいって!」
「ちょ、何で私が、」
「お母さん今急に仕事入っちゃって行けないのよ。お弁当は下に置いてあるから、よろしくね」

母はそれだけ言い残すとそそくさと家を出て行ってしまった。あのヤロウ。そうだ、後で和己に何か奢ってもらおう。私はいそいそと身支度を軽く整えて、お弁当の包みを片手に家を出た。



グラウンドをフェンス越しに眺めると野球部はいつも通り部活をしていた。今はキャッチボールの最中らしい。部員がグラウンドに広がりグローブ片手に白球を投げ合っている。


「和己!」

校庭を囲んでいるフェンス沿いに歩いて、金網の隙間からベンチでマネージャーさんたちと話していた和己に声をかける。

「お弁当、忘れて行ったでしょ。おばさんに頼まれたんだけど」
「あ、サンキュ。今朝ちょっとばたばたしててな」
「和サン!アップ終わりました!」
「おー、今行く!わざわざ悪かったな、助かった」
「今度ジュース一本よろしくね」
「ハイハイ、じゃーな、気を付けて帰れよ!」


さっさと目的を遂げた私はまたフェンスに沿って歩いて行く。ふとグラウンドを見やれば、どうやら紅白試合が始まっているらしい。ピッチャーがマウンドにあがる。ああ、あれは、

「高瀬くん」

ふと胸が軽く締め付けられる感覚に襲われて私はぴたりと立ち止まった。
何期待してるんだろう。あれだけ会いたくないと思っていたのは紛れもなく私自身なのに。何でこんなどきどきしてるんだろう。私、おかしいよ。


高瀬くんはピッチャーを見据えて一呼吸置くと、ス、と構えて腕を振るった。

「ストライク!」

審判の声が響く。心臓の音がうるさくて落ち着かない。高瀬くん、いつもと違う。あんな真剣な高瀬くんをこんな近くで見るなんて思わなかった。高瀬くんの元へボールが戻り、キュ、と帽子を直すとまた高瀬くんはザッと土を蹴ってボールを放った。

「ツーストライク!」

いつの間にか私はフェンスに指を食い込ませてじっとマウンドを見つめていた。あと一球。高瀬くん、高瀬くん。頑張って、高瀬くん。
高瀬くんはまた一呼吸置くとボールを握った。彼の手から、ボールが離れる。心臓の鼓動は止まらない。だんだん顔に熱が集まって、自然と手には力が入る。この気持ちは、


「ストライク!バッターアウト!」


ふ、と肩から力が抜けて私はそのままフェンスから離れた。汗が全身から吹き出るような感覚に軽い眩暈を覚えながら胸に手を当ててみる。未だどくんどくんと脈打つそれは、暑さのせいなんかじゃない。



ねぇ、高瀬くん。これはきっと、恋って言うんだ。



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